「ダイヤのエース」「バッテリー」から学ぶ野球の変化②
こんばんは、ユーコミュです。
今回は記事が1つで収まらなかった為、第二弾となります!
前回触れられなかった野球の指導環境について、野球漫画を通じて学んでいきましょう。
今回は少し暗い話題となりますが、どうか御付き合い下さい。
昨今メディアで頻繁に取り上げられる教員から生徒への暴力問題。
時代の変化もあり、過去には教育的な指導として見過ごされていた行動も、現代では行き過ぎた体罰だ、と非難を呼びネットに晒される事例も後を絶ちません。
コロナウイルスの影響で全国大会の中止や、部活の練習時間減少が相次ぎ、この問題は一旦収まっているかと思いますが、現代の学校教育において由々しき問題である事には変わりありません。
※今回も多少ネタバレを含みます。何卒御了承下さい。
体罰問題について
37巻327話 「チームの事情」より
正孔学園の監督であった熊切監督は、練習試合において選手を蹴り上げた事を3年生父兄に咎められ学校への報告となり、来年の春まで謹慎となる。主将に才能溢れる1年生を託し、選手は監督を謹慎明けの甲子園へ連れていく事を目標に青道戦に挑む。
この正孔学園VS青道高校の試合終了後、密かに観戦をしていた熊切監督は観衆にバレてしまい、大声で謝罪を行います。
その後彼は、翌年の西東京地区夏大会にて監督に復帰し指揮を執っています。
現実的に見れば「甘い」と思う読者もいらっしゃるかと思います。
確かに一度騒動を起こした人間は左遷や退職となるケースが多く、この判断は妥当と思わないのでは、と推測します。
しかし、ここで見て頂きたいことは、本人の対応と周囲の反応なのです。
熊切監督は、
①問題が報告され謹慎になる際にも若き才能を育てようとする教育者としての姿
②手が出てしまう自分の未熟さを噛み締め、それを公(おおやけ)に認め謝罪をし、更生を誓う潔さ
この2つを併せ持つ人格者でもあるのです。
また、正孔学園野球部は熊切監督の人柄・性格・指導力を信頼し尊敬しているからこそ監督を春の甲子園へ連れていくべく奮起し、公開謝罪前後に卒業生と思しき人や野球ファンから明るい言葉をかけられ、更生を待っているという温かみのある雰囲気を作られたのでは、と考えます。
勿論、①に関しては教育者ではなく指導者のエゴだ。成績の良い選手を輩出して自分の指導法が正しいと思わせたいのでは?
②に対しては、反省をすればいい問題ではない。傷を負った生徒の心はそれで癒されるのか?
生徒や周囲に対しては、学生の世間は狭いから目の前の情報が当たり前という洗脳をされている、過去を振り返る時はいい思い出になるよう脳が作用するから助けようとするのだ。
といった意見もある事は重々承知しております。
しかし、日頃から信頼を積み重ね、生徒に野球を通じて信念や継続力を伝えてきた熊切監督だったからこそ、復帰し得たのではないか、と思うのです。
ここまで読んで下さった貴方に伝えたいことは、背景や関係性を分からないまま批判をしないで欲しいという事、
それから更生した人間にはそれを受け入れチャンスを与えてほしいという事です。
勿論間違った事やあるまじき行為をした場合、然(しか)るべき罰則を受けるべきですが、本人の今後への誓いや更生後の努力を陰ながらでも見守り、その過(あやま)ちに報(むく)いる事が出来る日を待つ、それが我々に出来る最大の手助けなのでは、と考えます。
上下関係が織り成す暴力問題
体罰問題に関連し、先輩からの暴力、いじめについても近年マスコミ各社が報道しており、これは高校野球だけでなく、小学校から大学、惹いては大人社会でもパワハラとして益々取り上げられます。
「バッテリー」では、中学に入学し野球部に入部した主人公が、生意気な性格と天才的な野球センスが災いし、部室で上級生から集団暴行を受ける場面があります。
当時から問題視されていた先輩後輩の行き過ぎた関係性ですが、未だに続く不可解な事案として残るものもあります。
以前友人から聞いた話で、学生寮の1年生は入寮翌日から床、トイレ、浴槽といった全ての清掃を行うルールがあり、上級生は大掃除や退去時の清掃以外行わなかったそうです。
友人は疑問に思い、進級後も後輩に混ざり行ったところ、同級生から白い目で見られたといい、手伝わない理由を聞いたところ「1年の仕事だから、1年の頃行ったから、先輩は手伝ってくれなかったから」と答えたそうです。
ルールを決めたのが教職員・寮関係者・上級生なのか、どういった意図があってこのルールを決めるに至ったのか。
背景が不明である為頭ごなしに否定をする事は出来ませんが、私は友人の行動に称賛を送りました。
ルールの意図を理解して従い行動するのであれば正しく導かれますが、慣習としてただ従い恩恵を受ける側となり途端にそれを振り回すのであれば、それは力関係を利用した暴力である、と私は考えます。
人に任せきりになるといつの間にか感謝を忘れ、当たり前になっていく。とはよく言ったもので、そういった体育会系の上下関係が生み出した風習が、家庭の家事や職場の飲み会といったものに反映をされているのかもしれませんね。
長くなりましたが、今回はここまでです。
まさか、話が終わらないとは思わず、第3弾に参る事になりました(;´・ω・)
それではまた次回で御会い致しましょう。
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